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作られた文章

潰すか?

 旅に出ることにした。そこに山が会ったからではない。失ったものを取り戻すわけでもない。空きっ腹にコーヒーが溜まったからでもない。なんとなく退屈だからでもない。文明をたどる旅に出たいと思った。ラゴスの旅のようにオルドヴァイからブルジュ・ドバイを目指し、連なる文明に手を振りながら駆け抜けるような旅をしたいと思った。支度は40秒と決まっていた。準備は50センチ角の箱一つ。形見箱と呼ばれる箱にありったけの未練を詰め込んで、グレートジャーニーのような、寿命も飛び越えるような、世代を追い越すような旅に出る。ジッポと、気に入っていた毛布の切れ端と、小さな小瓶のウイスキーと、ワイン・オープナーとフランツ・ザッパのCDと、文庫本をポーチに入れて、海へ山へ、奇想天外な旅に出る。見飽きた玄関前の大通りをイヤーホンも着けずに、人間の進化について考える。それが死だ、と風の歌を聴いて、僕は頭にスナフキンの唄を思い出す。国道8号線を、俯きがちに歩きぬく。さっき飲んだワインが頬を赤らめてるのが分かる。昨日観た夢の話だ。エレベーターで僕はライブが始まるのを待っていた。手には引っ越しでもするかのような荷物があって、友人たちは僕の旅立ちを邪魔するかのように、でもそれは僕の思い違いで、ただ前に進もうとしても手荷物が崩れてしまい、僕はそれを拾うだけの、冗長な夢の話だ。不思議な夢だ。酔った時の景色のような、ルソーが見つけた風景のような、不思議な夢だった。
 最初に作るものは決まっていた。オーブンに捏ねた小麦粉、チーズ、サラミ、アスパラを載せて火にかける。もう既に汗だくだった。便のコーラを飲み干した。もう旅は始まっていた。僕は歩く。エドワード・ヴァームーシュの言葉を知っているか。「名を残すのではなく、忘れるためだ」。カラコルムを登頂し、同時に名を捨てた男の言葉だ。僕はただ、ピザがやきあがるのをま待ち、ビールを飲んだ。旅とは、パズルを解き明かすのは違う。ルービックキューブの色を揃えるのとは違う(それは言語のやりとりのように所詮予め決められた道筋をたどるに過ぎない)。エーコに対してドゥルーズが呈した苦言とは違う。それは寧ろ、パスルをバラすような、デリダの言葉を越えるような。ティシューの底が見えないような、そんなものだ。ここで初めて君は思い出す。空から宇宙へ抜けだして、スイングバイの軌道に合わせ、やがて惑星となってグルグル回る。帰還にあわせて拍手が起きる。旅の終わりを祝う鐘の、音に合わせて朝まで踊った。